あの頃・・・  北海道 アイヌモシリ一万年祭編

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焚き火を背に北海道の夕日を撮った写真です。
ここは北海道沙流郡平取町貫別旭の森です。
強制移住させられた歴史をもつアイヌ民族。
迫害されたアイヌの供養のために、
アイヌ民族の強制移住先の平取町貫気別旭で
毎年8月15日~20日の6日間に渡り、この祭りは催されています。
 主催者のアシリ・レラさん=山道康子さん
「1万年前はすべての民は神の子で、
大地はウレシパ・モシリ(互いに育ち、育み合う大地)であったのに。
人間は欲のために殺し、奪い合い、血と破壊の歴史は繰り返された。
1万年前の原点に戻ろう」

毎年全国から1000人もの人が集まることでも有名である。
巨大な焚火を囲みながらの飛び入りライブ、
アイヌの歌や踊り、
伝統工芸のワークショップからパン食い競争。
また、アイヌの儀式カムイノミも15日と20日の午前におこなわれています。
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 ここでは、「本当に大切なものとは何か?」を教えてもらえた気がします。

アシリ・レラさんの言葉です。
「どんなに文明科学が発達しても、変わらないものがある。
自然の摂理だけは変わらない。
何百年、何千年経っても変わらないのね」
「アイヌは身体で覚える。身体で覚えたものは忘れない。でも、いまの人たちは頭で考えて、行動がともなってない。地に足がついてないよね」
「チャランケ。アイヌは話し合いをする。
暴力はダメ。人間には言葉がおろされたの。
だから話し合いするんだよ」
「これはアイヌの先祖の人たちの供養なんだけれども、アイヌだけじゃない。
アイヌのために命を落とした人たちの供養でもある。
だからここに、アイヌじゃない人たちが、
こうやって集まってきてくれるっていうことは、
その人たちの先祖供養でもあるんだよ。
みんなつながってるんだってことだね」


いい事と言いますね 。


ちなみに、このときの僕の髪型です・・・
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山道康子
19歳で長男、22歳で次男を出産。
 25歳のとき、夫を亡くす。夫は対向車をよけ、電柱に激突し、2ヶ月後に白血球が減り死んだ。
 民芸店を営むが、火事で大やけどを負ったり、交通事故で大けがをしたり、苦境はつづく。
 二風谷ダムが着工され、アイヌの大地を守るため反対運動をはじめる。
 さまざまな嫌がらせにもめげず、彼女のまわりにさまざまな人々が集まってくる。
 平成1年「アイヌモシリ1万年祭り」をはじめる。

「誰のためでもない。自分のため、子どもたちのためにも地球をきれいにしてカムイにかえしてあげないとね。アイヌ・ネノアン・アイヌ(人間らしい、人間)でありますように。 アイヌとは人間という意味です」
                 アシリ・レラ(山道康子)



アイヌ語
イランカラプテ(こんにちわ)
イアイライケレ(ありがとう)
アイヌ(人間、わたしたち)
アイヌモシリ(人間の大地)
カムイ(神様)
ピリカ(美しい)


次回予告・ひろし北海道の農場で働く の巻き。
このとき出会ったナオ君のところに行く話しです。
そしてそのまま居候・・・
気が向いたらかきま~す。


                                                                  see you next time・・・  倍々   バイバイ

# by tokan-en-yoshidah | 2007-07-10 20:56 | 歌・song | Comments(0)

木の魚

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木魚はいったいなんなのか?
それは、読経をするときにリズムを整え、眠気を覚ますためのものらしい。
基本的に禅宗や天台宗、浄土宗などで用いられる。
しかし浄土宗では一時、禁じられた時期もあったらしいが、
その後念仏を唱えるときに使用されるようになった。

ちなみに何で木の魚?なのかと言うと、
もともとは禅寺で使われていた「魚板」である。
これ↓
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魚板とはその名の通り魚の形をした板で、たたいて鳴らすことで人を集める合図とされました。
ではなぜ魚の形をしているのかと言うと、
魚は日夜を問わず目を明けていることから、
修行に精進することの象徴であったためとされています。

ちなみに木魚は、
乾隆帝時代の清では民衆音楽に楽器とされていました。
日本でも歌舞伎で用いられることがあるらしいですよ。
ベトナムでは「モー」と呼ばれ、打楽器とされてもいます。
しかも第二次世界大戦後には、
ジャズやクラシック音楽にも用いられ、テンプル・ブロック、チャイニーズ・ブロックとよばれ、
2~5個を一組で使用することがある。
ちなみにこれ↓
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83年結成。メンバーはツネヲ、ニャンコ、カイシュウ、シンタロウの4人。
結成当初はベラ(ex筋肉少女帯)がキーボードで参加していたが2回目のライブにて脱退。
カイシュウとシンタロウは88年の一時期に死ね死ね団にも参加。
プラスチックスやP-MODELなどが使用していたリズムボックスのパターンを土台にアコースティックギター、エレキベース、中太鼓という編成によるシリアスな演奏にのせてコミカルな歌詞を歌うスタイルでナゴムギャルの人気を得たが後期はコミカルな要素を排除して活動を続けた。2002年に大槻“モヨコ”ケンヂがボーカルを務めるバンド「電車」との対バンが予定されていたが実現はせず。
近年は表立った活動はしていないようだったが2005年11月20日 初台ドアーズにて行なわれるイベントに出演。
ちなみにこのバンド、MCまでテープに吹き込んだクチパクのライブや、
商店街で歩き回りながら演奏するなど、パフォーマンスで注目を集めたことでも有名?
まさにこの木魚↑は今日の木魚ブームの火付け役ですね。
木魚の世界は奥深く、習得は非常に困難ですが、
木魚マスターを目指して頑張りましょう。

ちなみに木魚をたたいているお坊さんの服、
あれの由来をお話。


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僧侶が着ている衣の上に着けているものを袈裟といいます。
「袈裟切り」などという言葉を聞いた事ありませんか?
その袈裟という言葉はここからきているそうです。
形、大きさなどいろいろあるのですが、五条や七条という名前のものもあれば、
普段お寺でもらえる細い輪袈裟というものもあります。
また模様も金糸などをあしらい立派なものもあれば、
本当に地味な布みたいなものまでいろんな種類があります。
よくよく注意して見てみると、
袈裟で継ぎ接ぎみたいな模様になっているものがあると思います。
それは大昔の僧侶というものは財産を一切持ってはだめなときがありました。
もちろん身につけるものも豪華な服装ができなくて、
その辺にあるぼろきれを縫い合わせて作ってきていたのが、
今の袈裟の起源といわれています。
なので、今でもあえて継ぎはぎの形を残しているらしいですよ。
その当時の僧侶はまじめで大変だったんですね。

あんまり立派なものを着ていると
ありがたみも何にもないですけど・・・

# by tokan-en-yoshidah | 2007-07-09 23:07 | 手水鉢・wash basin | Comments(0)

あの頃・・・  初回特別編&犬島編

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この写真は九州は阿蘇山の麓赤水と言うところにある百姓村牧場での1枚です。
毎年ゴールデンウィークに行われるお祭り
虹の岬祭り(DaDa チャイルド主催)の懐かしい写真です。

突然なぜこんな写真を持ち出してきたかと言うと、
まだ仕事をする前の歌を歌っていたときに友達からメールがあったのがきっかけです。
別に内容は「携帯のアドレスが変わったよ」って言うなんでもない内容だったのですが、
あまりにも懐かしすぎる人からの突然の知らせ・・・
思わず昔の写真を掘り出してきたんだけどあんまり写真もなくって・・・
で、懐かしいあまりちょっとだけ昔話でもしようかな~っと思って筆は執ってないけど筆を執ってみました。

まず今から10年ほど前、三重県の私立鈴鹿高等学校(生まれが三重県の伊賀上野なので・・・)を卒業後、大阪のコミュニケーションアート専門学校(通称OCA)に入学。専攻は総合インテリアデザイン!
ちなみにそこで建築、設計関係CADを主に勉強しました。
で、まぁ勉強したといってもあんまりしてなくて、
何をしていたかと言うと

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これをもって歌を歌っていました。
ちなみにただ歌を歌っていたんじゃなくて
俗に言うながしをしていました。
で、またこれがただのながしじゃなくて、
テントとキャンプ用品全般をキャリーにのせ
ヒッチハイクで日本列島ながしの旅をしていました。    親不孝もんです・・・
でまぁ行った所は数知れず。
今回はそうですねぇ~
岡山は犬島に行ったときの思い出を書いてみます。


当時岡山の犬島が石の産地だったことはまったく知らず、
歌うたいの友達と海に行こうってことになって船に乗ってすぐだったかな~・・・?
わすれた!
で、とにかく島に渡ったんですがそこで見た景色がこれ↓

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銅精錬所跡だそうです。
明治から大正にかけて銅の精錬所として操業されていました。
煙突とレンガ造りの工場跡が今も残っています。
しかも「西部警察」「瀬戸内少年野球団知)(知らないです・・・)」カンゾー先生(これも知らないです・・・)」「鉄人28号」のロケに使われたこともあるそうですよ。知ってました?

で、そんなことはおいといて皆で楽しく海水浴や魚釣りを楽しみました。

そのときの写真がこれ↓
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めっちゃ石の上でおしっこしてます。

ちなみに犬島は、
古くから花崗岩の山地として知られ、鎌倉八幡宮の大鳥居、岡山城、大阪城、江戸城などにも犬島産の石が使われているらしい。
 明治30年代の大阪港築港のための採石業と40年代の銅の精錬業などで隆盛を極めた時代があり、人口も3,000人あまりを数えた時代もあった。(ちなみに島の大きさは面積0.54㎢ で周囲:3.6㎞標高:36mしかも人口約70人
昭和44年には岡山市と合併、その後は、経済変化による企業撤退。
こんなものもあるらしいですよ↓
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定紋石(ジョウモンイシ)
 昭和25年、島民によって発見された、三巴の模様が刻まれた石。大阪城修築時の残石といわれている。この定紋石には、佐賀の鍋島氏のものと思われる「三巴の紋(左巻)」が刻まれており、11個が1カ所に残っているそうです。

そうそう、岡山といえば
これも凄いとおもったのですが
有漢町の石の風車
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ちなみにこれ回るんです!
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え、何で回るかって?
それは高知市在住の彫刻家、門脇おさむ氏が作ったらしいんですが、
秘密らしいです・・・
うかん常山公園には7基の「石の風ぐるま」があって、羽根は全部で18個あります。風ぐるまの羽根はなんと風速2~3mの風(すすきの穂が揺れる程度)で回るんですよ。
これほんと!
ちなみに京都に石の風車はありますよ。
場所は京都府相楽郡加茂町南加茂台団地の中です。
一度探してみてください。

話が変わってしまいましたが、
また昔に行った場所や思い出を書いて行くつもりです。
また話が変わったらごめんなさい。
                                                     つづく 

# by tokan-en-yoshidah | 2007-07-06 23:29 | 歌・song | Comments(0)

蓮・ハス・はす・HASU

ハスとは、スイレン目ハス科多年生水生植物です。
学名「Nelumbo nucifera」英名 「Lotus
蜂の巣状の花托に果実が実ることからハチス→ハスという名になったと言われています。
原産地はインドとその周辺。
古代インドでは、ヒンドゥー教の神話やヴェーダやプラーナ聖典などにおいて、ハスは特徴的なシンボルとして幾つも登場します。例えば、「蓮華の目を持つ者」と称される者や、「ハスの上に座す梵天(最高神)、そしてシヴァ神、賢者、聖なる蛇たちをわたしは見ます」と語る者。「結果を最高神に任せ執着なく義務を遂行する者は、罪に迷わない。あたかもハスの葉に水が触れぬがごとく」と言う言葉もあり、後の仏教における「ハス」の象徴的用法との近さを感じます。また泥から生え気高く咲く花、まっすぐに大きく広がり水を弾く凛とした葉の姿が、俗世の欲にまみれず清らかに生きることの象徴のようにとらえられ、このイメージは仏教に継承されていきました。仏教では釈尊が蓮華の上で瞑想する絵が描かれ、極楽浄土の象徴とされています。そのため、蓮華をかたどった台座に仏像を乗せたり、厨子の扉の内側に蓮華の彫刻を施したりしています。また、寺院などでは仏前に「常花」(じょうか)と呼ばれる金色の木製の蓮華が置かれています。 一方、仏教国チベットでは標高が高く生育しないみたいで、想像でかかれたらしく、チベット仏教寺院では日本に比べ、かなり変形し、その絵はほんのり赤みががかった白い花として描かれているみたいです。またこんな言われも有ります。蓮は泥中より清らかな花を咲かせます。そこで、毎日迷いや苦しみの中にあっても、私たちの心は元々清浄なもの。つまり、全ての生命が「現世(泥中)」から「極楽浄土(開花)」に向かって昇華しその渉外を光り輝いたものとして全うする姿を蓮の花に例えています。また、そんな蓮の花が自然のなかで決して一本では存続せずに、何本が重なり存在していることから、ひとつひとつの生命がお互いに助け合うという事にも通じています。また死後に極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという思想があり、「一蓮托生」という言葉の語源にもなっております。

また昔の人たちは、夜明け頃にポンッと言う音で花が開花すると言って詩を読んで楽しんだそうです。しかし蓮博士の大賀一郎氏は早朝の池で、フナやコイが虫などの餌を獲るときの音だろう!と言って否定されてるそうですが・・・

(夢がないですねぇ~)

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そうそう先日天龍寺に配達に行ったのですが午前に行ったときは咲いていた花が、午後の配達時にはすっかり蕾に戻っていたので疑問に思っていたのですが、事実、蓮の花は夜明け頃開花し朝8時ごろまでには開花が終わるそうです。その後、昼頃から萎みはじめ夕方には蕾みに戻ってしまいます。蓮はこの開花と萎みのサイクルを3日間繰り返して、3日目の開花後に花が散るそうです。
儚いですね・・・
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雑談ですが、中華料理につき物の陶製のさじ、「レンゲ(ちりれんげ)」の名称は、その形が蓮の花びらに似ていることから名付けられたみたいです。
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またベトナムでは蓮茶(蓮花茶)なんて物もあるらしいです・・・
中国、台湾でも蓮肉という生茶として飲んでいるそうです。
しかも鎮静効果や滋養強壮にもなるらしいです。

しかも蓮はインドの国花


歴史!発見
化石の発掘により蓮は今から約1億4千年前に地球上にあったらしいです。
日本には約7千万年前のトウヨウハスの化石が九州、福井県、京都府、北海道の石炭層などから出ているそうです。

蓮は睡蓮と繁殖地も類似しており長い間、非常に近い植物として扱われ両者ともスイレン科として分類されてきました。でも、最近になって遺伝子の研究が進みDNAなどから蓮と睡蓮は植物学上かなり異なった進化をたどり睡蓮と早い時期に分かれれた真正双子葉植物に含まれる一科一目の植物とわかり、現在ではハス科として独立しています。蓮はハス科ハス属に属する大型の水生植物だったのです。
ちなみに、植物学的には赤色、白色の花の東洋産種、黄色のアメリカ産種、赤色のロシア産種の三種類があります。
下記写真参照

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あ、違うか・・・  *ハス=コイ目コイ科ダニオ亜科ハス属の淡水魚

種類
日本には530種類以上の蓮が栽培されているらしく、中国などからの新種の輸入、また物好きな人達による交配種の育成などで年々その数は増えていると言われています。
すごい!




ちなみにこのハス達が良いんですよ↓





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上:ティムコ マッドペッパー
中:megabass ITジャック
下:VAGABOND WOUNDED BAIT



後、友達の作った歌に蓮の歌があったのでご紹介。

蓮の花

蓮の花が香るあたりで
過ぎ去りし夢に触れるように
裸足で歩く女達が
今日もやさしく微笑む

遠い記憶の何処かで
出会ったときの喜びが
暁の川を行くとき
君に巡りますように


擦り切れた服に身を包み
道行く人の影に火をともす
花売り娘は今日もまた
夢の数の花を売る

遠い記憶の何処かで
出会ったときの喜びが
暁の川を行くとき
君に巡りますように


失われたもののすべてが
路地裏の祈りに身を寄せて
それでも穏やかな流れに
また朝日は射してくる

空高く昇っていく
あの白い煙のように
浮んでは消えた想いが
君の中で風になる

君の中で風になる

作詞・作曲 りんどう

# by tokan-en-yoshidah | 2007-07-03 23:59 | 都乾園・business | Comments(0)

食べれなかったものたち

結構好き嫌いが多いんですが
これだけはゴメンと言うものを紹介します。


まず初めに前菜
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ゴカイのゼリー
中にゴカイが入っています。
山葵醤油が最高にいいらしいです。
(詳しくはこちらへお問い合わせください。好物だそうです。→クリック
*ゴカイ=朝鮮ミミズ


続きまして
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超BIGマテ貝の炒め物
*マテ貝は日本でも取れますが大きくても20cmほどの物しか見たことありません。


続きまして
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チキンの生手
(調理方法はお好みに合わせてくれます)


続きまして
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これまた超BIGカタツムリ
(こちらもまた調理方法はお好みに合わせてくれます)


最後に
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蚕の炒め物
これは美味しくいただきました。
口の中で噛んだ時の

ぷちゅ

っと言ったあの感触~

口の中に広がる透明な汁

最高に


気持ち悪かったです。
*決して日本人の食べれるものではないと思いました!
皆様腹痛にはくれぐれもお気をつけて。

*お食事中の方には大変申し訳ございませんでした。
この件につきましては ノークレーム!でお願いいたします。

# by tokan-en-yoshidah | 2007-07-02 21:49 | 都乾園・business | Comments(0)