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清涼寺 宝篋印塔 源融公墓所

清涼寺 宝篋印塔 源融公墓所
鎌倉時代後期 高さ約175cm(相輪含)

ここ清涼寺には幾つかの宝篋印塔が見られます

その中でも一際わかりにくい場所に祭られる宝篋印塔が源融公墓所です

門を入り左側(西)の木造多宝塔の裏にある源融公墓所
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相輪は九厘より上部が欠損し、代わりに凝灰岩製で全くの別石のものを乗せてあります
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笠の段型は上六段から成り、隅飾りは別石で、三弧輪郭付で内部に蓮華座上月輪に梵字を刻みます
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また、笠の下の段数は三段から成り、コレは究めて珍しいとされております
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塔身部には殆ど読み取ることが出来ませんが金剛界四仏の種子を刻んでいるそうです
また基礎部は薄く、切石の上に単弁の反花のみが乗っております


源融=嵯峨天皇の皇子
弘仁一三(822)~寛平七(895)
宇治の平等院は元々源融の別荘が変遷を経たものだそうです・・・
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れむと思ふ我ならなくに(百人一首より)

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-11 11:20 | 石塔・tower | Comments(0)

清涼寺 弥勒多宝石仏

清涼寺 弥勒多宝石仏(みろくたほうせきぶつ)
高さ210cm 鎌倉時代前期


嵯峨清涼寺山門をくぐり、本堂に向かって右側(東)に弥勒多宝石仏(両面石仏)と呼ばれるものが在します

コレは宝塔と弥勒坐像を表と裏に肉彫りしたものでどちらを正面ととらえるものかわかりませんが、
あえて私は本堂側を正面とみたいと思います

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表面は舟形の光背にし、凡そ80cm程の蓮華坐上に弥勒坐像を肉彫りし、上方には天蓋を彫ります



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裏面は宝塔を肉彫りし、軸部に彫られた扉は開かれ、蓮華座上に二仏を肉彫りしています。(写真では見難いですが・・・)
また、多宝塔最古とも言われる京都市東山区安養寺弁天堂の宝塔も同じように軸部扉の中に二仏を彫られています。


弥勒多宝石仏(両面石仏)が乗る下の大きな円形の複弁反花座は後補の物と見てとれます。



清涼寺弥勒多宝石仏は言い伝えによると空也上人の作といわれているそうです。


つづく

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-10 14:04 | 石塔・tower | Comments(0)

江州生込み燈籠

先日入荷しました江州石の生込み燈籠
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元々丸型の台付燈籠だったのですが、基礎部を欠損しており、今回生込みとして建ててみました。

おとなしめで、且つアジのある石燈籠です。

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-09 15:20 | 燈籠・lantern | Comments(0)

野良作業

梅雨の晴れ間。

あち~(*_*)


ひろしです。




久しぶりに顔出しました。
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ゆっくり見学するつもりで行ったら、
先週植えた芝の目土と、グランドのアナッポコに土いれをします!
との・・・

わたしGパンmenじゃん!
そんなワタシを見て、ニヤケルブレストさんと○ホームのなか○しさんw
残念ながら砂漠さんは蒸発しちゃったのでかわりに狼さんに噛みつこうか悩みながら、そんな余裕もなくなり、是~是~派~派~

心の中では『おぃ砂漠~』と叫びながら
是~是~派~派~

約2立米+α

完全燃焼(´Д`;)




あ~ちかれた。

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-08 18:12 | ラグビー・rugby | Comments(6)

木島櫻谷アトリエの庭の道標

今日は七夕ですね。

天気も回復しそうな兆しがチラホラ。

今日は昨日につづいて
木島櫻谷アトリエの庭の道標




ここ、木島櫻谷の旧家の庭の道標の他に
アトリエの庭にも道標が在します


旧家庭とアトリエ庭、どちらも高さは1間程ですが彫り方等はそれぞれの特徴を持ちます


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右 北野天満宮 きんかくぢ
すぐ さが あたご 不
左 みふ とうぢ ○○○

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南 三条通

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西
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西


年代こそ読み取ることは出来ませんが
字質字体等を見ますとやはり1800年代のものかと思われます。


今回もまた、読める方いらっしゃいましたら教えて下さい・・・m(_ _)m



※石は白川石でしたw 

木島櫻谷の旧家、本日から期間限定で一般公開されます!

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-07 09:59 | 道標・signpost | Comments(0)

木島櫻谷旧家の庭の道標

木島櫻谷旧家の庭の道標

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ぎをん社 八丁 大佛三十三間堂 十丁 西大たに 八丁
六はら寺 三丁
やましなみち 十丁 ちをんいん 十二丁 東大谷 十丁

西
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い〇〇や  六丁  東ほんぐおんぢ 十三丁
六かくどう 十三丁  西本願寺  十八丁 さが 二り
三好地蔵  十二丁  当う寺 廿二丁 あたご 三り

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五条大橋 三丁  とうふく寺 十五丁
だいごかいとふ  ふしみ船つき場 二
〇〇〇     〇〇中
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三条大橋   八丁  北野天まん宮
〇〇〇  十五丁  下かも
黒谷真にょ堂 十八丁  上か茂



今回は完全に読み取れませんでしたが、書かれている方角、場所から
この道標は四条河原町近辺に建てられていた物かと思われます
また地名などの呼び名から1700年後期の物と読み取れます


いつここに移転されてきたかは不明です




※誰か読める方、教えてください。

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-06 11:38 | 道標・signpost | Comments(1)

フットサル

チーム都乾園始動です。
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終わった後のエチケットは忘れずにw

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-05 21:14 | Comments(0)

お車石 輪型石

以前のにも書きましたが・・・
お車石


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江戸時代、
近江大津から京都三条大橋間に、
「お車石(輪型石)」というものが敷かれていました
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基本は300*600程の石(主に加工がしやすかった花崗岩)を二列に並べ
牛馬の車幅(140センチメートル)の轍を掘り、
京都三条大橋から近江大津までの旧東海道西端の
約3里(12キロ)に敷き連ねられていました。
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そもそも江戸時代は原則的に車の使用は禁止されていました。
しかし京都は物流の関係で昔から牛車が使われていましたので、
特別に許可されていたといわれています。
江戸時代以降は、京都に向かう主要街道
(東海道・竹田街道・鳥羽街道等)
にも敷設されました。

京都以外には仙台、東京、静岡、名古屋にも
お車石が存在したと言われています。

※写真は当社にある車石です
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by tokan-en-yoshidah | 2012-07-04 16:19 | 石・stone | Comments(0)

Hi Speed

雨の京都×,×
湿度が高くてくたばりそうです。


ひろしです。


昨晩、何気に昔のリールが埃まみれだったので、息子×2尾をうまくだまし、布と綿棒でキレイに(^o^)v
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TD1Hi

その流れで、今朝から会社に放置されてたリールをフキフキ(-.-)-~

まるで釣りバカ日誌のはまちゃんの様に

フキフキ

フキフキ(-.-)-~

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ABU Cardinal 44
何年前のラインかわかりませんが、かなりキレイになりましたよ♪

しかし、この当時5:1がHi SPEEDだったんですねw

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-03 16:17 | loveフィッシュ・fishing | Comments(2)

収穫

何となく空、見上げあてみました
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ひろしです。


今日は先月から我が家で育ててる
野菜群が育ってきたので
収穫してみました!
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無農薬で育った『シシトウ』

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なにもワタシに似ることないのに・・・
ひねくれ『キュウリ』


なかなか甘くて美味しかったです(^^)d

by tokan-en-yoshidah | 2012-07-02 19:29 | 食・food | Comments(18)