丹後口の道標

フットサル3日目
少しづつやせてきてるかなぁ・・・

ひろしです。

今日は亀岡の街道
丹後口の道標

ちょっと余談から入ります。
京都には平安時代から各国へ繋がる街道が整備され、
都への出入口には関所が設けられました。
関所は時代によって場所を変えたそうですが、
秀吉が御土居を設け、出来た関所が七つあったことより
それらを京の七口、または七口の関所と呼ばれるようになりました。
しかし、実際は七口より多く十口あったともいわれております。

それと同じく、江戸時代の亀岡には、街への出入り口が五口あったといわれています。
京口(三宅町の年谷川の三宅橋辺)
穴太口(紺屋町の元秋葉神社の北辺)
清水口(安町の曽我谷川の常磐橋)
丹後口(丹後道と篠山街道の分岐点)
篠山口(余部町の端)
亀岡は、播磨、山陰地方から京へ入る道が集まる交通の要衝でありました。

その京の都の七口付近には決って建てられたものがあります。
それが以前紹介した
f0142070_16484486.jpg
是より洛中荷馬口付のもの乗べからず
詳しくは以前の記事を・・・

そんな亀岡の五口にもやはり石標は存在しておりました。
都の石標とは持つ意味が違いますが
こちらはこれらの街道をつなぐ道標として存在していたようです。

f0142070_166340.jpg
左 ささ山 柏原
 はりま 〇〇〇 道 
f0142070_167579.jpg
右 丹後 みや津 〇〇〇
  〇〇〇〇〇〇〇 そのべ 道

f0142070_169826.jpg
左 京 いせ 道

f0142070_1557361.jpg
萬延元申年八月再建

口に建つ異なる標なれど、行脚されていた方たちの道標となっていたのですね。

by tokan-en-yoshidah | 2013-11-07 17:06 | 道標・signpost | Comments(0)

<< 霜降り 琴柱燈籠 >>